Q. 脳に与える効果とは?
脳科学の専門家である脳科学者 篠原菊紀氏にお話を伺いました。
ラスベガスのリハビリが脳に与える効果とは?
デイサービス ラスベガスではあまり機能訓練を意識させない「自然な機能訓練」を目指しています。ゲームが機能訓練の一貫であったり、そのゲームに参加する為の参加券となる「施設内通貨」を得るために「ストレッチ」をする必要があるなど、一連の流れが自然に社会参加・社会復帰にもつながるようなプログラム作りを目指しています。この点についてコメントを頂けますでしょうか?
【篠原先生】
すごくいいと思います。私は脳科学者なので、脳科学的観点から高齢者の脳機能向上のことをお話したいと思います。近年すごく興味深い実験結果が出ています。
まず「身体を動かす」トレーニングは脳にも良い影響を与えることが期待されていて、これを裏付けるエビデンス(科学的証拠)が沢山集まって来ました。確かに効果的なんですね。
また高齢者に対する「脳トレーニング」も効果があるというエビデンスが沢山出ています。脳トレーニングというのは、フジテレビの朝の情報番組『とくダネ!』で私が監修している『脳活ジョニー』のようなものです。じゃんけんで後出しをして勝つといったことや、文字を並び替えて言葉を作るといった脳に刺激になる問題でトレーニングをすることです。他にも色々とある、こうした脳トレを繰り返すことで脳機能が向上していきます。
それでは今度は「身体を動かす」こと、「脳トレ」を組み合わせたプログラムを作ったらもっと効果的なんじゃないか?と考えるわけです。色々なことを組み合わせればより効果的ですからね。結論を言えば「すごく効果的」でした。「身体を動かす」「脳トレ」を単体でやるよりも遥かに効果がでるから、これは「良い」となったんですね。でも、問題は継続性です。
「身体を動かす」ことも「脳トレ」も効果は確かにあるのだけど、続かないというのが問題なんです。最初は良いけど、これを何ヶ月も繰り返していたら飽きてしまいます。まあ半年で飽きますね。この2つを組み合わせたプログラムは変化があるので、単体でやるよりも面白みがあり、少し長続きするんだけれど、それでも1年もすれば飽きてしまいます。いかに効果的なリハビリでも続かなければ意味無いですよね。若い人だってフィットネスジムが続かないことなんて、よくあることなんだから、高齢者だって一緒です。
そうした実験の積み重ねによって何が注目されているかと言えば、実はゲームを活用したリハビリなんです。例えばギャンブルで使うようなゲームだから脳にも刺激が強く、これが効果的なんです。ギャンブルなんて言葉が出てくると毛嫌いする人もいると思いますが、お金を賭けるわけでなく、ゲームそのものが程よい刺激になっているんです。
実際、「バカラ」「ブラックジャック」「パチンコ」などをプレイしている時の脳の状態を私が研究したものがあります。いずれも脳が活性化した状態になっています。これにラスベガスでやっているような「身体を動かす」ことも加えていけばそれは効果的ですよ。これからこうした取り組みをする施設は増えてくると思います。
実はリハビリ以前にデイサービスでは男性の利用者が少ないという問題がありまして、私たちが運営する通常型のデイサービスでも利用者の70~80%が女性という実態があって、なかなか男性の利用者が増えない。社会参加しないと機能は衰えてしまうと思いますし、いかに効果的なリハビリがあっても、まずは家から出てくれないことには話にならないと考えました。それがラスベガスのような業態を作る一つのきっかけになりました。現在ラスベガスの利用者の50~60%が男性となっており、まずは家から出てもらうことには一定の成果があったと思っています。
【篠原先生】
そうですね。まずは「社会参加」させるというのは極めて重要ですよね。スウェーデンのカロリンスカ研究所というところの報告をはじめ、いくつかの疫学調査で「社会参加を続けること」が認知症のリスクを減らす重要な要因として指摘されています。反対に高齢者は独居になると認知機能が低下しやすくなるというデータもあります。
また他者との関わりが脳機能維持に強く影響を与えることは、面と向かった会話を携帯電話を使った会話での前頭葉活動の比較、パソコンのオセロと対人オセロでの前頭葉活動の比較などの実験結果で、対人の方が脳活動が高まることから推測されています。つまり、私たちの脳の成長、その機能維持にとって、コミュニケーションは極めて重要な役割を果たしているのです。誰かと向かい合えば表情を読むことも必要です。それは意識しなくても、ほぼ自動で行われます。集団の中にいれば勝手に脳が刺激されるのです。
脳は歳をとるごとに、どんどん衰えていくという風に一般的には考えられていますが、実はそうではない。知能研究の草分けであるホーンとキャントルの知性の区分けというのがあります。それによれば知性は「流動的知性(記憶力など)」、「統括性知性(計画力、マネジメント力など)」、「結晶性機能(知識、経験など)」の3つに分類されます。この内「流動性知性(記憶力など)」は18歳をピークに年齢とともに衰えます。「統括性知性(計画力、マネジメント力など)」は40歳過ぎたあたりから二極化する可能性が指摘されています。鍛えると伸びるし、使わないと衰えます。最後に「結晶性知性(知識、経験など)」はクリスタルインテリジェンスとも言われ、知識や経験がこの知性です。これは歳とともに伸びる。「流動性知性(記憶力など)」と「統括性知性(計画力、マネジメント力など)」の両者にわたる脳年齢テストや前頭葉機能テスト成績だけを見れば、6歳くらいの脳と、60歳くらいの脳はあまり変わりません。でも6歳と60歳は全く違いますよね。60歳のほうが他者理解、社会理解を含む知識・経験があるからです。
脳は筋肉と同じように鍛えられるものです。使えば強くなり、使わなければ衰えていく。しかも脳の変化は筋肉よりはるかに速いのです。ある研究で2千人の高齢者を対象に脳トレを行いました。5~6週間に1回60分、これを1年間続けただけで、5年たった後も、その差は持続していました。わずかなトレーニングでも急速に変わる、しかもその変化が持続するのが脳なのです。
そもそも、平均寿命が昔とは違います。昭和45年には男性は約69歳、女性は約74歳が平均寿命でした。ところが2013年には、女性は約86歳、男性は約80歳と、10年ほど寿命が延びているわけですから、脳もしっかりと鍛えないと長持ちしません。
ラスベガスでは「チャレンジ」ということも重要なコンセプトとして位置づけています。利用者様の状態によりますが、できる限り新しいゲームを覚えて、参加してもらうようにして頂いています。実際、80歳を超えてから初めて麻雀を覚えるような方も幾人もいらっしゃいます。チャレンジするということの脳への影響についても教えて頂けますか?
【篠原先生】
チャレンジ精神は神経細胞を増加させます。単純な作業や繰り返しで慣れきってしまった作業は、もはや脳を鍛えません。常に新しいことにチャレンジすることが脳細胞に厚みを加え、活性化させることにつながるのです。チャレンジは活性化だけでなく、脳そのものの神経細胞を増やしてくれる効果があることが、マウスの実験でわかっています。集中力が記憶をつかさどる海馬の神経細胞を新生させてくれるのです。マウスを使った実験では、海馬にシータ波を電気的に入力したところ、神経伝達物質のひとつGABAが増加し、実際に神経細胞の増加が認められたそうです。シータ波は集中時に現れる脳波です。難しいことや新しいことに集中しチャレンジすることで、脳そのものを若がえらせることができます。
ただ新しいものへのチャレンジとは言っても、これが苦痛になればストレスが生じて、かえって脳に悪影響となります。嫌で楽しくないことは長続きしません。楽しいからこそチャレンジし、それが上手くいくとさらに意欲がわきます。こうした好循環は脳内物質のひとつドーパミンが関わります。私たちの脳は好きなことや楽しいことをしていると快感に関係するドーパミンの分泌が盛んになり、さらなる意欲がわきます。またドーパミンには記憶を迅速に定着する効果や情報を効率よく処理する効果、新たな発想を促してくれる効果もあります。運動機能をなめらかにしてくれる効果もあります。このようなことから新しいことにチャレンジするということは脳を若く保つために極めて重要な要素だと言えます。
今後、より効果性が高く、楽しいプログラムを作って行きたいと考えています。介護業界発展への積極参加を今後も何卒よろしくお願いします。
脳科学者
篠原 菊紀
SHINOHARA Kikunori
諏訪東京理科大学
共通教育センター教授
長野県茅野市出身
東京大学教育学部卒業
同大学院教育学部研究科修了東京理科大学諏訪短期大学講師、助教授を経て、諏訪東京理科大学共通センター教授、学生相談室長